
コカラーチャ鈴木の
個人タクシー珍道中
始めに言いたい。
コカラーチャとは、スペイン語で(ゴキブリ)のことである。
なぜ、こんな名前を付けたかというと、私の個人タクシーの営業形態が(ゴキブリ)をモデルと
しているからに他ならない。
(ゴキブリ)のように路地を這い回り、獲物をかぎ付けゲットするゲリラ戦法は、戦争映画での
ベトコンから学んだものだ。
今のタクシー業界の不況に鑑み、売り上げを上げて生き残るにはこれしかない。
でも、この戦法は誰でもできるものではないらしい。
生まれ持ったセンスと、見かけとかけ離れたずる賢さや汚さが必要らしい。
(らしい)と評価するのは、私の周りの連中の言葉を引用したものだ。
(他人から何と言われようと、自分の意志を貫き通す)
この、岩石のような強い意志が、ゴキブリゲリラ戦法を可能にするのだ。
他人から(えげつない)(みっともない)(どろぼう野郎)(ガッチャマン)などと言われようと
(へのカッパ)で気にしない人間だけができる戦法である。
世間体を気にする人やカッコーマンは止めたほうが身のためである。
また、ゴキブリは多少のことでは死なない。
踏まれても、叩かれても、足が1本しか残っていなくても逃げる。
この したたかな根性の持ち主のみが(ゴキブリゲリラ戦法)を可能とするのだ。
十分モトは取れすぎた愛車(18万km更新中)
ハチャメチャ
このような甘えはよくない
アンドンが重い!
その前に
その前に、下の美女を見て欲しい。
人生仕事だけではつまらない。

こんな美人を相手に酒を酌み交わすのも、また人生なのだ。
今夜も盛り場には、数多くの恋が生まれては消えてゆく。
このネオンの中には、さまざまな笑いと涙の人生があるのだ。
どんなに愛しあっても結ばれない恋もある
ときにはケンカし、時には仲直りし、二人でいるだけで楽しい毎日
45階から眺める美しい夜景は二人だけのもの
またたく星も、月もネオンの海も最高に美しい夜
闇が連れてくる うたかたの恋
朝になり、街のネオンが消えれば恋も終わる
夜の人々は、太陽を背中に家路を急ぎ深い眠りに入る
そして日が落ち、ネオンに灯がともると着飾った女たちが街に繰り出し
人生に疲れた紳士が、今夜もまた、新しい恋を求めて街をさ迷う。
そして、その路地裏を(ゴキブリ)のように走り廻る私の愛車も。

何を気取ってやがる! オメエ、1度でも牛の人生を考えたことはあんのか?
ワシラは乳を搾られ、肉はステーキにされ、はかない一生を終えるんだよ!
1度でいいから、街にくりだし若い女の乳をモンでみたいもんだよ。モウ〜
気取ってはいないが、人生も季節も光陰矢の如し。
本当に(あっ)という間に過ぎてゆく。
この間までは暑さに翻弄されていたのに、天高い秋がきて
木枯らしが吹いて、冬が来る。
吹雪の中を歩く、あの寒々しい心はせつない。
しかし、その後にくる雄大な冬景色は素晴らしい。
何事も、苦しみの後に喜びが、雨上がりの後に虹が
吹雪の後に雪景色が、厳しい冬の後に春がくる。
悪いことは、そう長くは続かない。

最初の独り言
今週のポエム
出会いは突然やってくる
別れもまた 同じ
人は長い人生のなかで出会い そして別れる
そして 年月を重ね 誰しもが年老いてゆく
ふと ある日振り返ると
通った人生の道端で
懐かしい人たちが 手を振っている
ありがとう
それぞれの思い出をありがとう
ほんとうにありがとう
でも、私は歩き続ける
新しい出会いを求めて
この短い人生を終えるまで

好きな言葉(中国古典)
上善は水の如し(老子)
(私訳)
第一に物事の柔軟性を水に学ぶ。
最も理想的な生き方は、水のようなものである。
水は万物に恩恵を与えながら、相手に逆らわず、人の嫌がる
低いところに流れてゆく。
この水のような柔軟な対応能力は、今の不況下における企業に
もっとも求められるものであろう。
流動する情勢に対応して生き残りを図るためには、どんな変化にも
対応できる柔軟構造の組織であることが望ましい。
丸い器に入れると丸くなり、四角の器に入れると四角になる。
相手の出方に応じて、いかようにも対応してゆける水こそ
理想的な人の生き方、企業の姿勢かも知れない。
第二は謙虚さを学ぶ。
水は(万物を利す)
あらゆる生物は、水なしでは生きられない。
しかし、水はそれを少しも鼻にかけることなく、人の嫌がる低いところへ
流れて行く。
世の中には、自他ともに(やり手)だと認める人物がいるが、
その多くは、途中で挫折して大成する人が以外と少ない。
なぜか?
それは、自分の能力や功績をひけらかし過ぎて、まわりの反発を
買い、嫌われて自滅の道をたどるからである。
能力のある人ほど謙虚であれと教えている。
第三に、水の持つダイナミックなエネルギーだ。
鉱物の中で非常に硬いガラスや鋼鉄は、加圧された水(ジェットウォータ)で切ることができる。
静なる水の持つ、秘めたる強大なエネルギーは、自然界を見れば解かる。
急流ともなれば、堅い岩石さえ打ち砕き、ダムの水力発電は、大都会のまばゆいネオンの
膨大な電源をまかなっている。
人間も、柔軟な対応を心がけながら、いざとなれば、秘めたエネルギーを爆発させて
体当たりする、水のような強さと柔軟さの両面を身につけなければならない。
この(上善は水の如し)の言葉は、それを教えている。
水のような生き方は、究極の人生なのかもしれない。
安きに居りて 危うきを思う
(春秋左氏伝) つまり(左伝)のこの言葉は、日本人もよく使うことで知られてはいる。
この言葉の続き(備えあれば うれいなし)は、誰でも1度は口にしたことがあるだろう。
安定している時は好調であるが、むしろ その時こそ、(さきゆき、どんな事態が待ち
受けているか解からないから、好調な時ほど、その準備を怠ってはいけない)
という戒めである。
今の不景気で慌てふためく経営者に聞かせてやりたい言葉のひとつである。
コカラーチャ的珍アイデア
*究極のエコカー
電気うなぎ自動車

いまや(ハイブリッドカー)がもてはやされ、トヨタのプリウスなど受注生産で、注文から納入まで
半年かかるという。電気とガソリンの併用車だが、三菱なども電気のみの(ミーバ)なる車を
発売予定で、脱オイル化に向けて、開発競争が激化してきている。
そこで、コカラーチャ鈴木も(究極のエコカー)を考えてみた。
それは、アマゾンに生息する高電圧の(電気うなぎ)を休耕田で養殖し、運転席の後部に水槽を
設置して(電気うなぎ)を入れておく。これが最も軽量な電気エネルギーとなる。
アクセルを踏むと、棒が(電気うなぎ)を突っつく。
イライラして頭にきた(電気うなぎ)は高電圧の電気を生み、それがモーターで高出力を生む。
やや発想が、(ドクター中松)や(糸川先生)の色が濃いが、実用化されれば究極のエコカー。
しかも、ときおり小魚を与えるだけでよく、給料もボーナスも不要で不平不満もない。
なお、ストレスで、不満が高まるほど電気を高出力するから、好都合なエンジンである。
なお、昨今流行の(タクシー強盗対策)も、電気うなぎの高電圧が強力なスタンガンと化して
強盗を撃退してくるはずだ。高電圧のエネルギーは常時バッテリーに貯蔵される。
なお、このアイデアの著作権は(コカラーチャ鈴木)にあることを申し添える。
*留置場タクシー

最近は不景気から物騒な世の中となってきた。
お客様が突然 タクシー強盗に変身するなど予想できない。
そこで、いつ変身されてもいいように、あらかじめタクシー車内を留置場になるように作っておく。
普通のお客様には解からないように内装し、実は車内は鉄格子に囲まれた檻なのである。
前の席と後部席の間に若干の鉄格子が露出するが、ツタの造花でもからませておけばいい。
お客様が(タクシー強盗)に変身すると、運転者があるボタンを押すと、後部席の出入り口の
カギがかかり、留置場と化す。そのまま警察に引き渡すだけで、手錠不要で手間も省ける。
それに、車両の安全面からも、車が転倒した時、お客様を保護する安全箱の働きもする。
タクシー全車に導入すると、町中のタクシーが留置場となり、逮捕保護には手っ取り早い。
暴れている人の保護、酔っ払い女の保護、ワルガキの補導には威力を発揮するだろう。
とりあえず、千葉県警などに売り込みを考えている。

誰が買うかい!そんなもの、アホらしい!
そんなもの採用されるわけね〜だろう、バカ!
それと、プロドライバーがひっくり返るような運転するなよ!
それより、オメエが そこに入らんようにな?
仕事の面白さ
今週の一番の大ヒットは、夜9時から神奈川の逗子までの仕事だ。
たった往復3時間で(35000円)の仕事だった。
缶コーヒーを飲みながら 眺める横浜の夜景は最高だった。
こういう瞬間は(タクシー業)の冥利に尽きる。
お客様から代金を頂き、普段行く機会のない土地の景色を楽しみ
おまけにチップまで頂く商売は、そうザラにはない。
いろいろな土地を訪ねることができるのも魅力だ。
自分でガソリンを負担して、高速料金を払い、見知らぬ土地を訪ねる
ことは、年間そう簡単にできるものではないが、この仕事ではチャンスに
恵まれれば、年間何回かはある。

今月のタクシー秘話
1、バス停で思うこと
バスの停留所からタクシーに乗って頂くお客様は、以外と多い。
そういう意味では、大変感謝しなければならないが、私が憧れるのは、バス停で
雨降りにタクシーが来ても手を挙げないで、ひたすらバスを待つ若い女性である。
手を挙げて、タクシーに乗って頂くお客様は大変有難いお客様ですが、タクシーに
乗らないお客様は別の意味で素晴らしいと思わずにはいられない。
無駄な出費を避けて、バスが来るならバスをひたすら待つ若い女性を見ると、
(こういう女性なら家計を守る、良いお嫁さんになるだろうな)と思ってしまうのだ。

こういう女性を見ると、(息子の嫁には最高だな)と、いつも思うのだ。
もちろん、金銭的なカラミもあるに違いないが、ある嵐の夜、いつものバス停を通りかかると
傘を押さえながら、いつもの彼女はバス停でバスを待っていた。
年は20歳か22歳くらいの彼女は、私のタクシーを一べつし、また下を向いてバスを待った。
横殴りの雨は、ブーツを越えて足元まで濡れているに違いない。料金なんかいらない。
手を挙げれば、すぐ私は停車し、ドアを開けて彼女を車内に入れ、今の嵐から開放されるのに
彼女は手を挙げず、雨風に耐えてバスを待っていた。
こういう粘り強い堅実な精神は、結婚したら起こる多種多様の艱難辛苦に耐えて行けるだろう。
(がんばれよ!)
遠ざかるバックミラー越しのバス停の彼女に(エール)を送り、アクセルを踏んだ。
2、ある雨の夜
深夜2時、千葉市緑区越智町の閑静な住宅街を千葉市に戻るべく走行していた。
梅雨の季節だから当然だが、その夜は雨がシトシト降っていた。
木立のガードレールの隙間から何か黒いものが飛び出してきた。
私は慌てて急ブレーキを踏んでタクシーを止めた。
猪かと思いきや、5歳くらいの男の子だった。

運転席の窓に近寄ってきたので、窓開けて(どうしたの?)と男の子に聞いた。
男の子は、髪から雨がしたたり落ちて、泣いたのか涙で目は赤く、服はズブ濡れだった。
(世田谷のおばあちゃんのところまで乗せていってよ!)
私は、あまりのことにアッケに取られて黙っていると男の子は続けた。
私の顔を見てハッと(心配ないよ、お金ならあるから)
そう言いながら、男の子は小さな握りコブシを私の顔面に突き出した。
私が、その握りコブシを1本1本ゆっくり指を開くと、中に100円玉が1個あった。
この5歳くらいの男の子には、100円は大金なのだろう。
タクシーでは深夜2割増しの時間だから、どう見ても世田谷まで2万円以上は必要だ。
それ以上に怖いのは、この子を乗せて世田谷まで行ったら、逆に(幼児誘拐)にも
なりかねない。しかし、何か訳がありそうだ。
そんなことを考えていると、どこからともなく、母親らしい女が傘を差して現れて
(何してるの!この子は!) (パチャ〜ン)とビンタの音と男の子の泣き声が同時だった。
その母親らしき女は、泥棒ネコを持ち上げるように、男の子の首ネッコを摘みあげて
夜の闇に消えた。
降りしきる雨に中、男の子の泣き声だけが闇に響き渡った。
また静寂が戻った並木道で、私はひどく後悔した。
助けを求めて止めたタクシーにも見放されて、また母親に連れ戻された男の子は
私を恨んでいるに違いない。
しかし、あの時点で男の子をタクシーに乗せて世田谷まで送ったら、何か罪にならないのか?
深夜の大網街道を千葉市に向けながら、車内でそのことばかりを考えていた。
次ぎの日の朝刊から、目を皿にして新聞を読んだが(事件)らしき報道はなかった。
数ケ月前の話だが、今でも心の片隅に(あの夜)のことが消えないで残っている。
*私の信条
(されたくないことは、しない)
中国の古典(菜根譚 さいこんたん)にも書かれているが、
{己の長を以って、人の短を形すなかれ}とあり、
(自分の長所を鼻にかけて他人の短所をあばきたててはならない)とある。
長所とは、その人の(切り札)のようなものであり、厳しい現実を生きて生きてゆくためには
どうしても長所で勝負せざるを得ない場面も多々ある。
何か一つでも、他人より優れたもの(長所)をもっているなら、それを武器に生きてゆくことは
当然のことでしょう。
しかし、この武器は、ヘタに使うとブーメランのように自分に跳ね返ってくる恐れもあり、
一歩使い方を誤ると、自分の墓穴を掘ることにもなる。
孔子が弟子の一人から(一言で生涯の信条を語るとすれば、それは何か?)
と問われ、{それは恕(じょ)である}と答えられている。
恕(じょ)とは、(己の欲っせざる所は、人に施すなかれ)という意味であり
つまり、(人からされたくないことは、自分から人にもしない)という意味になる。
この(恕 じょ)を以って対処すれば、少なくとも人間関係に大きな破綻が生ずることは
ないだろうと孔子は教えている。
私も、これを自分の信条としている。

私の育てている花たち
もうすぐ、桜咲く春がすぐそこに・・・・・・
列車で行くアルプス旅行は、私の夢だ・・・・・・・
山は高いほど、やりがいも生まれる・・・・
だから、挑戦したくなる・・・・・・
もし山が低かったら、登るのは思いとどまるだろう!
なんじゃ!こりゃ!
まだまだ、これから珍道中は続きます!